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札幌地方裁判所 平成11年(わ)126号 判決 2000年1月27日

主文

被告人甲野春子を懲役五年、同乙野太郎、同丙野次郎及び同丁野三郎をそれぞれ懲役四年六月に処する。

被告人らに対し、未決勾留日数中各二〇〇日を、それぞれその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

一  犯行までの経過及び共謀の成立

被告人甲野春子(以下、「春子」という。)と甲野四郎(以下、「四郎」という。)は、平成七年二月に婚姻し、一女をもうけるに至った。しかし、春子は、四郎が高圧的で自分に愛情を示さず馬鹿にするなどとして不満を抱き、これを日々募らせ、次第に、四郎に対し仕返しをしてやりたい、入院するほどの傷害を負わせてその看病を自分がすることで四郎に自分のことを見直させたいと考え、四郎に害意を抱くようになった。

春子は、被告人乙野太郎(以下、「乙野」という。)と、平成五年ころ、テレホンクラブを通じて知り合い、肉体関係を持つに至り、しばらくは乙野がかつて経営していた理容店で働いて関係を続け、四郎との婚姻後も乙野と電話で連絡を取り合い、四郎に対する愚痴を聞いてもらったりしており、その際の乙野の言動を通して乙野から好意を持たれていると感じるとともに、乙野は、信頼でき、困ったときに一番頼れる人で、無理な頼み事でも聞いてくれるのではないかと思っていた。

春子は、平成一〇年一二月二五日、乙野と会い、当時乙野が経営していた札幌市北区北<番地略>△△ビル一階所在の居酒屋「A」(以下、「『A』」という。)店内において、前記願望を叶えたいと考え、乙野に対し、同月三〇日から四郎の実家に行くのが嫌なので、四郎に手足の一本でも折って入院する程度の傷害を負わせてほしい旨依頼した。乙野は、初めは取り合わなかったものの結局春子の望みを聞いてやることで春子にいいところを見せ、その歓心を買おうと考え、金を払えば実行してくれる知り合いがいる旨述べて、知り合いに依頼しこれを実行することを約束した。

乙野と被告人丙野次郎(以下、「丙野」という。)は、丙野が小学校一、二年生のころから、乙野の経営していた右理容店で散髪していたことから親しくなり、年は離れていても親しい友人として付き合い、また、両親が離婚し父親がいなかった丙野にとって乙野は父親のような存在でもあった。

同月二五日夜、乙野は、「A」を訪れた丙野に対し、報酬と引き替えに入院させる程度の傷害を負わせる話を持ち出してこれを依頼したところ、丙野は、乙野との右のような関係や「A」で乙野に飲食をさせてもらうなど平素から世話になっていたことから、承諾する旨返答した。

丙野と被告人丁野三郎(以下、「丁野」という。)は、高校の同級生で、互いに信頼できる親友といった間柄であった。また、乙野と丁野は、丙野を通じて知り合い、丙野とともに「A」で乙野に飲食をさせてもらうなど平素から世話になっていた。

同月二六日、丙野は丁野に、乙野から報酬と引き替えに人に傷害を負わせてほしいと頼まれた旨申し述べ、一緒に実行することを誘うと、丁野はこれを承諾し、共に「A」へ行った。乙野は、「A」において、丙野及び丁野に対して、春子から四郎に入院する程度の傷害を負わせることを依頼されたこと、その報酬として二〇万円くらいもらえること、手足を骨折させる程度の傷害と言われているが、顔を殴って腫らせる程度でも良い旨説明し、丙野及び丁野は、右のような関係にある乙野の頼みであることに加え、報酬が多額であったことから、春子の右依頼の実行をより積極的に考えるようになった。その後、乙野は、春子に用意させた四郎の写真を丙野及び丁野に手渡し、春子のPHSの電話番号を丙野に教えるとともに、春子に対しても、丙野の携帯電話の電話番号を教えた。

同月三〇日、春子は、丙野及び丁野に、四郎が外出することを告げてその機会に四郎に傷害を負わせてほしいと依頼し、丙野及び丁野は四郎を待ち伏せしたが、人目があったため実行できなかった。

平成一一年一月四日ころ、春子は乙野に対し、年が明けても四郎に対して傷害を負わせたい気持ちは変わらない旨告げて、四郎に対して傷害を負わせることを再度依頼したところ、乙野はこれを承諾した。これを受けて、乙野は、同月五日ころ、丙野及び丁野に対し、四郎に傷害を負わせることについては、春子がまだやってほしいと言っている、二度現場に行ったことになっているのだから足代を上乗せしてもらえなどと言った上、直接春子と電話で話すように述べて、自ら春子に電話し丁野と代わった。丁野は春子と電話で話をした後、乙野と丙野に、四郎に傷害を負わせれば二〇万円の報酬の他に足代三万円が支払われることになった旨報告し、乙野はこれを了承し、丙野と丁野は、報酬等も欲しかったことから、四郎に対する傷害行為を実行する決意をした。そこで、同月八日、丙野は、春子と連絡を取り、四郎に対する傷害行為を同月九日に実行することにし、丁野にその旨を告げた。

丙野及び丁野は、同月九日午後二時半ころ、春子から、四郎が出掛けたので四郎の用が済む午後五時半くらいに実行してほしい旨の連絡を受けて、これを了承し、丙野運転の黒色トヨタレビンで同市白石区東札幌<番地略>住宅都市整備公団○○公団住宅へ向かったが、途中丙野が腹痛を訴えたため、丁野の中学校の後輩で丙野と丁野が親しく付き合っていた甲山五郎(以下、「甲山」という。)の家に立ち寄った。そうしたところ、甲山も右黒色トヨタレビンに同乗して同公団住宅までついてきたので、丁野が、同市同区東札幌<番地略>同公団住宅一号棟北側付近に停車中の右黒色トヨタレビン内で、四郎に対する傷害行為の実行を勧誘したところ、甲山は、報酬をもらえることもあって直ちに承諾した。

二  実行行為等

被告人四名は、甲山と共謀の上、同日午後六時ころ、同市同区東札幌<番地略>同公団住宅二号棟南側駐車場において、四郎(昭和三八年四月生)に対し、丙野、丁野及び甲山が、こもごもその頭部、顔面等を多数回手拳で殴打したり足蹴にするなどの暴行を加え、四郎に、頭蓋側頭骨骨折、急性硬膜外血腫及び脳挫傷等の傷害を負わせ、よって、同年二月八日午前零時一六分ころ、同市中央区南<番地略>医療法人医仁会中村記念病院において、同人を右傷害に起因するストレス性胃内損傷に基づく胃内出血による出血性ショックにより死亡するに至らせた。

(証拠の標目)<省略>

(事実認定の補足説明)

一  弁護人らは、本件の事実関係においては、被告人らの傷害行為と四郎の死亡の結果との間に刑法上の因果関係が認められず、被告人らは傷害罪の罪責を負うに止まる旨主張し、さらに、乙野の弁護人らは、乙野については他の被告人らとの共謀も認められず、乙野の罪責は傷害罪の幇助犯とされるべきものである旨主張する。そこで、以下これらの点に関する当裁判所の判断を示す。

二  因果関係について

1  関係各証拠から、以下の事実が認定できる。

(一) 四郎は、被告人らの判示の暴行により、頭蓋側頭骨骨折、急性硬膜外血腫、脳挫傷等の判示の傷害を負った。この傷害は、打撲箇所が五箇所あってそのうち三箇所が一番骨が薄い側頭部に集中し、頭蓋側頭骨の骨折が頭蓋底の方まで及んで中硬膜動脈を切断し、多量の出血をして、一時意識レベル三〇〇の昏睡状態になるなど、非常に危険な状態に陥ったほどのものであった。

(二) 頭部外傷又は中枢神経系の病気あるいは手術の後に、肉体的なあるいは精神的なストレスから消化性潰瘍を合併したり、急性胃粘膜病変等が起こり、これらから消化管出血を引き起こすことは、医学的な常識であり、臨床的にもよく見られることである。

(三) 四郎は、前述のような頭部外傷を負い、脳の障害及びその治療行為のために種々の肉体的なストレスにさらされているのみならず、意識は回復したもののほとんど瞬きでしか外界と意思疎通を図ることができない状態にあり、精神的なストレスもまた相当蓄積している状態にあった。

(四) 解剖時に四郎の胃の中に合計約一五〇〇ミリリットルもの大量の血液が存在したこと、大量の吐血及び下血をするというような症状が、かなり最後の方になって現れてきていることからすれば、多量の出血部位は胃の中と認められる。

(五) 四郎の病態は、急激に血圧や動脈血中の酸素濃度が下がり、腹部が膨れ、大量の吐血や下血をするなど、非常に急激な変化をしていること、また、右のように四郎の胃の中に大量の血液が存在したことからすれば、短時間に大量の出血を引き起こしたものと考えられ、これらによれば、右出血は、動脈性の出血であると認められる。

(六) 解剖結果からは、四郎の胃内に明らかな潰瘍痕は認められないが、デュラフォア潰瘍といわれる、非常に浅くて小さい胃粘膜(粘膜上皮あるいは粘膜筋板)の欠損の下に、血管の走行異常のために太い動脈血管があり、それが破綻して大量の出血を引き起こすといった病変の場合、特に注意して調べなければ見つけることができないくらい潰瘍痕が小さく(解剖時、この点に注意して調べられていないことは証人寺沢浩一の公判廷における供述からも明らかである。)、こうした場合には、胃から大量の出血があったとしても明らかな潰瘍痕が認められないこともある。むしろ、前述(四)及び(五)のような症状が現れ、解剖の結果、明らかな潰瘍痕が認められなかったのであれば、消化器内科の専門医ならば、胃潰瘍ではなくデュラフォア潰瘍のような非常に小さい病変で太い動脈血管が破綻しているといった状況を考えるのであり、四郎の場合も、デュラフォア潰瘍により太い動脈血管が破綻し胃から大量出血した可能性が高いといえる。

ただし、デュラフォア潰瘍の場合、胃にびらん(胃の欠損が粘膜上皮に限られるような浅いもの)ができるような状況にあることとともに、通常胃粘膜下層あるいは筋層のところを走行している太い動脈血管が、胃粘膜上皮に走行しているという血管の走行異常(その原因としては先天性のものと後天性のものが考えられる。)があることとがその要因となってくる。

(七) 消化器内科の専門医であれば、デュラフォア潰瘍という病変については大体知っており、四郎の場合も、もし消化器内科の専門医が治療に当たっていて、最初の容態急変があった平成一一年二月七日午後三時三〇分ころ、内視鏡でデュラフォア潰瘍であると診断し、内視鏡下で操作できる金属製のいわゆるクリップ(はさみみたいなもの)を用いて、露出している血管を根本から止めてしまうなどの治療を施すことができていれば、二回目の出血はなく、大量出血で死に至ることを防止できた可能性もある。

(八) 四郎には、前述の急性硬膜外血腫等の頭部外傷を負ったということの他に、胃から大量出血を引き起こす原因となるような既往症などは見当たらない。

2  以上の事実を前提として検討するに、一般的に、被害者に重い傷害を負わせた場合、被害者が右傷害を直接の原因として死亡する場合に加え、右傷害に起因する合併症を原因として死亡する場合も考えられるのであるから、右合併症が医学上通常起こり得るものであり、かつ当初の傷害が死亡の危険性が高いものであれば、当初の傷害とこれに起因する合併症による死亡との間には、刑法上の因果関係を認めることができる。これは、本件のように、頭部外傷を負った者が、肉体的なあるいは精神的なストレスから消化性潰瘍を併発したり、急性粘膜病変等が起こり、これらから消化管出血が生じて死亡の危険が生じる場合があることが医学的な常識であり、臨床的にもよく見られる場合、頭部外傷を負わせるという行為自体に、これを直接の原因として死亡する危険性のみならず、胃などの消化器が病変を引き起こし、大量の出血が生じて、ひいては死に至らしめるということについての危険性も当然に内包していると認められるからである(したがって、本件の事実関係においては、例えば急性硬膜外血腫等の頭部外傷が直接の死因となった場合と本件とで刑法上の因果関係を考えるに当たって別異に考える必要はないのである。)。

本件において、四郎が被告人らによって受けた傷害は、前述1(一)のように、それ自体四郎の死亡という結果を惹起する程度の危険性を十分有するくらい非常に重い傷害であった。そして、前述1(四)ないし(六)などからして、四郎が、胃の動脈血管が破綻し大量出血を引き起こし、その出血性ショックにより死亡したことは明らかであり、前述1(三)にように、四郎が肉体的・精神的ストレスを相当蓄積している状態にあり、他方、前述1(八)のように、四郎には、頭部外傷の他に、胃から大量出血を起こす原因として考えられるような既往症などは見当たらないのである。

だとすれば、四郎の死亡の結果は、まさに、被告人らの傷害行為によって惹起されたものと認められ、したがって、被告人らの傷害行為と四郎の死亡との結果の間には刑法上の因果関係が優に認められる。たとえ、四郎が、1(六)で述べたような、デュラフォア潰瘍による大量出血の前提として考えられる胃の血管の走行異常といった特異体質であったとし、また、1(七)で述べたような、最善の医療を受けていれば四郎の死亡の結果が発生しなかった可能性があったとしても、こうした事情は、被告人らの傷害行為と相俟って四郎の死亡の結果発生を助長させた事情にすぎないから、被告人らの傷害行為と四郎の死亡の結果との間の刑法上の因果関係が否定されることはない。

3  以上検討したように、被告人らが負わせた急性硬膜外血腫等の頭部傷害により、ストレス性胃内損傷に基づく胃内出血を引き起こし、出血性ショックにより四郎が死亡するに至ったことは、関係各証拠から十分認めることができる。したがって、弁護人らの主張は採用できない。

なお、本件においては、四郎が実際に負った傷害である前述の急性硬膜外血腫等と最も直接的な死因である出血性ショックとが因果の流れで結びつけられることが重要なのであり、そのためには右傷害に起因するストレス性胃内損傷に基づく胃内出血による出血性ショックであることが関係各証拠から認められれば必要にして十分であるから、厳密に胃内損傷の病態がいかなるものであるのかまで特定される必要はない(ただし、胃内損傷の病態としては、前述のように、関係各証拠からはデュラフォア潰瘍である可能性が高いということができる。)。

三  共謀関係について

1  判示の事実関係及び関係各証拠から、以下のようにいうことができる。

(一) 乙野は、本件において、互いにほとんど面識もいない、首謀者である春子と実行犯である丙野及び丁野とを引き合わせるという重要な役割を果たしており、しかも、各共犯者は、春子と乙野の信頼関係、乙野と丙野らとの信頼関係という乙野を中心とした人間関係を基本として結びつけられている。実際、春子は、乙野が自分に好意を持っており自分の頼みなら多少無理なことでも聞いてくれると感じていたから依頼した旨、丙野らも、信頼でき、ふだん世話になっている乙野の頼みだからこそ引き受けることができた旨、捜査段階及び公判廷において供述している。

(二) 乙野は、春子に四郎の写真を用意させ、乙山六郎らに四郎に傷害を負わせることを持ちかけ、乙野らが引き受けた後には、春子が用意した四郎の写真を丙野らに渡し、春子と丙野に双方の携帯電話等の電話番号をそれぞれ教えたりするなど、前述(一)の乙野を中心とした人間関係を十分に利用して春子と丙野らとの仲介を積極的にしており、こうした乙野の行動を全体として見た場合、本件犯行の実行を確実なものとする方向で一貫して行われている。

(三) 乙野には、本件を正犯として行うべき動機が存在する。すなわち、乙野と春子は、平成五年ころ、テレホンクラブを通じて知り合い、肉体関係を持つに至ったが、春子の四郎との婚姻後も二人は電話で連絡を取り合い、春子が乙野に対し四郎に対する愚痴を聞いてもらったりしていたという関係にあった。そして、乙野は、春子に対し、「俺とセックスしよう」などとしばしば述べていること、平成一〇年一二月二五日に春子が乙野に四郎への傷害行為を依頼したときに「A」で実際に性交していることなどからすれば、春子に関心があったと考えられる。さらに、乙野自身、捜査段階及び公判廷において、春子から四郎に傷害を負わせることの依頼を受けた点について、「格好をつけようと思った」「いいふりをこいた」旨の供述をしているのである。こうしたことからすれば、判示のように、春子の望みを聞いてやり、春子にいいところを見せてその歓心を買おうという動機があったと認められる。

(四) 確かに、春子は、当初年末に四郎の実家に行きたくない旨を述べて四郎に対し入院させる程度の傷害を負わせるように依頼しているところ、平成一〇年一二月三〇日の襲撃は失敗している。しかしながら、年が明けた平成一一年一月四日ころ、春子が乙野に再度依頼し、これに基づいて乙野が丙野と丁野に再度四郎を襲撃する話を持ち掛けたことで、結局四郎に入院させる程度の傷害を負わせる依頼は維持され、それが同月九日に実現している。とすると、右の同月四日ころに春子が乙野に再度依頼し、これに基づいて丙野と丁野に再度四郎を襲撃する話を持ち掛けたことは、従前の共謀に基づいて新たな実行の確認をしたと見るべきものであり、同月九日に行われた本件実行行為は、以前に形成されていた共謀関係をそのまま維持・継続して行われたものであるばかりか、むしろその共謀関係を前提としなければ行われ得ないものである。

(五) 乙野は、四郎に傷害を負わせることについての報酬について、平成一〇年一二月二六日、丙野及び丁野に対し、春子の依頼の内容を説明し頼んだ際、自分が春子からもらってくる旨丙野及び丁野に約束し、実際、犯行後の報酬の受渡しは、乙野が春子と連絡を取り、春子のところに乙野が報酬を取りに行き、これを丙野及び丁野に渡すという形で、乙野を介して行われていて、乙野自身も、その報酬二三万円のうちから二万円受け取っている。本件において報酬は、丙野及び丁野にとっては犯行動機の大きな部分を占めるものであるから、その受渡しが確実に履行されるかどうかは重要な問題であるところ、これに乙野が深く関与しているのである。

2  以上の検討のとおり、被告人らが乙野を中心とする人間関係を基本として結びつけられていること、乙野が本件の実行が確実になるように積極的に行動していること、乙野に正犯としての動機があること、いったん形成された共謀関係が維持・確認されたと見るべき事情の存在及び本件において重要な報酬の受渡しという点に乙野が深く関与していたことなどを総合すれば、本件について乙野に春子や丙野らとの間に共謀を遂げた事実が認められるのは明らかである。

なお、乙野の弁護人らは、平成一〇年一二月三〇日の襲撃についての事実関係と、平成一一年一月九日の襲撃についての事実関係を切り離し、共謀関係もそれぞれ別個に考えられ、後者の共謀に乙野は関わっておらず、せいぜい幇助となるにすぎない旨主張している。

右主張は、例えば、乙野が、前者の方が失敗した時点で積極的にこれについての共謀関係を解消するような行動をとり、さらに乙野の全く預り知らないところで後者の方が実行されたなどといったような、前者と後者が無関係に行われたという事実関係を前提とするものである。しかしながら、本件は、判示の事実及び1において述べたところから明らかなように、そのような事実関係ではなく、全体として一連・一体のものとして捉えるべきものであり、これらを別個のものと評価すべき特段の事情も見られないばかりか、むしろ前述の平成一一年一月四日ころの事実関係は全体の一連性を積極的に示すものである。

したがって、乙野の弁護人らの右主張は、前提とする事実関係を異にするものであり、採用できない。

(確定裁判)

丙野は、平成一一年一月二七日、札幌地方裁判所で道路交通法違反の罪により懲役四月に処せられ二年間その刑の執行を猶予され、右裁判は同年二月一一日確定したものであって、この事実は検察事務官作成の前科調書によって認める。

(法令の適用)

被告人らの判示所為は、いずれも刑法六〇条、二〇五条に該当するが、丙野の罪は前記確定裁判があった道路交通法違反の罪と同法四五条後段の併合罪であるから、同法五〇条によりまだ確定裁判を経ていない丙野の罪について更に処断することとし、その所定刑期の範囲内で、春子を懲役五年、乙野、丙野及び丁野をそれぞれ懲役四年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中各二〇〇日をそれぞれその刑に算入することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人らに負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件は、春子が、夫である四郎の高圧的で自分に愛情を示さず馬鹿にし続けるなどの態度に不満を持ち、これを日々募らせるうち、次第に、四郎に対し仕返しをしてやりたい、入院するほどの傷害を負わせてその看病をすることで四郎に自分を見直してもらいたいと考え、四郎に害意を抱いた結果、かつて肉体関係を持ったこともある乙野に四郎の襲撃を依頼し、乙野がさらに丙野及び丁野に依頼し、丙野、丁野と直前で加わった甲山とで四郎に判示のような傷害を負わせ、これにより四郎を死に至らしめた事案である。

本件は、右のような経緯で実行されたもので、一度失敗しているにもかかわらず、その後も中止することなく敢行されており、計画的かつ執拗な犯行である。犯行態様も、四郎に対して、実行犯である丙野、丁野及び甲山が多数回にわたり頭部や顔面等を殴打・足蹴にする等の強度の暴行を執拗に加えて判示のような重い傷害を負わせ、遂には死に至らしめたというものであって、危険かつ凶悪である。現実に当時三五歳とまだ若く、一女の父親である四郎の死という極めて重大な結果が発生しており、しかもそれが妻の依頼によるものであることを考えると、四郎の無念さは察するに余りある。四郎をその妻及びこれに依頼された者たちの手によって奪われた両親ら遺族の悲しみは非常に大きく、被告人らに対して厳しい処罰を望むのは当然である。また、四郎と春子の娘が、成長後に本件の事実を知ったときの衝撃を考えると、その健全な成長に与えるであろう影響も軽視できない。

春子については、犯行の動機は、前述のとおりであり、短絡的かつ自己中心的なものであって、酌量の余地は全くない。四郎の夫としての態度の若干の問題があったとしても、判示のような重い傷害を負わされ、ましてや命まで失わなければならないほどの落ち度とは認められず、この動機は決してその行為を正当化しうるものではない。春子は、本件の首謀者であり、かつて肉体関係のあった乙野が自分に好意を抱いていると感じ、無理な頼みでも聞いてくれるだろうということを分かった上で、四郎の襲撃を依頼し、四郎の写真を渡したり、四郎の帰宅時間を実行犯の携帯電話に伝えるなどしており、計画的で確信的な犯行である。また、春子は、自らは実行できないからと、二〇万円もの多額の報酬を約束して他人に四郎の襲撃を依頼するなどしており、その人格態度は人間性を喪失した卑劣なものである上、襲撃が失敗しても、再度乙野を通じて実行犯と連絡をとり依頼するなど、計画完遂への行動は執拗である。しかも、春子は、犯行後その事実を隠し、被害者の妻を装い生活していたのであって、このように自己の保身のみを考え、四郎の両親ら遺族の感情に思い至らない厚顔無恥な態度をとっていたという犯行後の情状も甚だ良くない。

乙野については、分別のある年齢であり、本来ならば春子のいうところをたしなめるべき立場にあったのに、その望みを聞き入れて、いいところを見せ歓心を買おうとしたもので、このように短絡的で思慮浅くかつ自己中心的な動機に酌量の余地は全くない。乙野は、春子に、報酬を与えて第三者に四郎の襲撃の依頼をすることを入れ知恵し、自ら実行犯である丙野及び丁野に四郎の襲撃を依頼するとともに、春子に四郎の写真を用意させ、さらに春子と丙野らが直に連絡を取り合えるように春子と丙野にそれぞれの携帯電話等の番号を教え、犯行後に報酬を春子から受け取り丙野らに渡すなど、本件において、首謀者である春子と実行犯である丙野らとを結びつけるまさに扇の要ともいうべき大変重要な役割を果たしているのである。それにもかかわらず、乙野は、捜査、公判を通じ、共謀関係について不合理な弁解に終始するなど、本件における自己の役割の意味を真摯に捉えることを回避しており、その反省の態度には疑問がある。加えて、四郎の死亡後、春子、丙野及び丁野に本件のことを相談された際に黙っていようなどと述べていることなどからすれば、犯行後の情状も甚だ良くない。

丙野及び丁野については、いずれも、多額の報酬を目的として犯行に及んだものであり、金のためならば人の身体に危害を加えてもかまわないという誤った考えに基づくもので、このように利欲的、反規範的かつ自己中心的な動機に、もとより酌量の余地は全くない。そして、丙野及び丁野は、甲山とともに、実行犯として判示のような強度の暴行を加え重い傷害を負わせているのであって、犯行態様は非常に凶悪かつ悪質である。丙野は、乙野の依頼に応じて、丁野を犯行に引き入れ、丁野は、丙野の誘いに応じて自ら犯行に及ぶなど、いずれも、積極的に本件犯行に関与している。さらに、丙野については、道路交通法違反被告事件で公判請求されその裁判を待つ身でありながら本件犯行に及んでおり、その規範意識の鈍磨は明らかである。

以上によれば、いずれの被告人の刑事責任も相当重く、その量刑に当たっては厳しい態度で臨む必要がある。

しかしながら、被告人らには以下のような酌むべき事情がある。事実認定の補足説明で検討したとおり、四郎はデュラフォア潰瘍に基づく胃内出血による出血性ショックにより死亡した可能性が高く、だとすると前述の胃の血管の走行異常という四郎の特異体質がその死の結果に及ぼした影響を無視することはできない。また、四郎の主治医の治療が適切なものであったかどうかは別としても、最初の容態急変の時に消化器内科の専門医の最善の治療を受けていれば、命を落とさずに済んだ可能性を否定はできない。

春子については、逮捕後は犯罪事実を素直に認め、真摯に反省し、四郎の遺族らに謝罪の手紙を送り、四郎の冥福を祈る日々を送っている。春子に前科前歴はなく、公判請求を受けるのは今回が初めてである。そして、春子には、まだ母親を必要とする四郎との間に生まれた幼い娘がおり、母が公判廷で社会復帰後の指導監督を約束している。

乙野については、自己の行為が軽率であったことを認めるなど、それなりに反省の態度を示している。乙野には、交通関係の罰金前科二犯があるのみで、公判請求を受けるのは今回が初めてである。公判廷で娘が乙野の帰りを待つ旨述べ、義兄が社会復帰後の指導監督を約束している。

丙野については、犯罪事実を素直に認め、真摯に反省している。母が、公判廷で、社会復帰後の指導監督を約束している。また、可塑性に富む二一歳の青年である。

丁野も、犯罪事実を素直に認め、真摯に反省している。丁野には前科前歴がなく、公判請求を受けるのは今回が初めてであり、これまで建設作業員などとして稼働し、母子家庭の苦しい家計を支えてきた。公判廷で、母が、社会復帰後の指導監督を約束し、かつての雇用主が、社会復帰後の再雇用と指導監督を申し出ている。また、可塑性に富む二二歳の青年である。

そこで、以上の諸事情を総合考慮するとともに、被告人ら相互の刑責を彼比検討し、被告人らを主文の刑にそれぞれ処することとした。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑春子につき懲役七年、乙野、丙野及び丁野につき各懲役六年)

(裁判長裁判官・髙麗邦彦、裁判官・若園敦雄、裁判官・鈴木秀孝)

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